ばけばけXR
見えないものを感じる、妖怪文化のXRアーカイブ
着想
妖怪文化の「名づけ」の営みが現代から失われつつある。アーカイブは充実するが、新たな怪異が生まれ記録され続ける土壌がない。
アプローチ
妖怪を「見る・作る・記録する」3体験のXRプラットフォーム(没入映像/生成AIで妖怪創造/デジタルアース可視化)。4人チーム制作。
成果
妖怪EXPO 2026・XR Kaigi など計6会場で展示・発表。干川は没入型映像体験の設計・照明制御・展示PMを担当。
制作背景 — 妖怪は「わからないもの」に名前を与える文化
妖怪(おばけ)は、昔の人が「わからないもの」に想像力を働かせ、名前と形を与えてきた営みである。たとえば夜中に小豆を研ぐ音だけが聞こえる怪異には「小豆洗い」という名が与えられ、その土地・時代・体験とともに語り継がれてきた。怪異は単なる空想ではなく、人々の恐怖・不思議・不便といった主観的な体験を共有可能な文化に変換する装置だと言える。
しかし、こうした「名づけ」の営みは現代の日常からほとんど失われつつある。国際日本文化研究センターの妖怪データベース(35,305件)に代表されるデジタルアーカイブは充実してきたが、それらは参照される資料であって、新たな怪異が生まれ・記録され続ける土壌にはなっていない。
本作はこの問題意識から出発し、妖怪文化を「過去に固定された記録」ではなくいまも更新され続ける動的な文化として保全・振興することを目指した。来場者が妖怪を「見る・作る・記録する」一連の体験を通じて、自分自身が妖怪文化の担い手になる仕組みである。

3つの体験
(i) 伝承を多感覚的に学ぶ没入型映像体験
来場者はまず、妖怪伝承を多感覚的に体験する没入型映像に入る。湾曲した大型スクリーンに古地図や浮世絵調の妖怪が映し出され、足元の照明・音響と合わせて「見えないものの気配」を身体で感じさせる構成とした。
私はこの没入型映像体験の演出設計と映像制作を担当した。After Effects と TouchDesigner を用い、浮世絵・古地図といった一次資料の質感を活かしながら、伝承の世界へ引き込む導入から個々の妖怪エピソードまでを一連の体験として構築した。「学ぶ」ことを情報の受け取りではなく体感に変えることを設計の軸に置いている。

(ii) 怪異体験から生成AIで新たな妖怪を創造する(妖怪生成体験)

次に来場者は、自分が体験した「うまく説明できない出来事」を入力する。いつ・どこで・何を感じ・どんな気持ちが残ったか——その記述をもとに、システムが妖怪データベースから近い伝承を検索し、生成AIが名前・短い物語・絵姿を提案する。来場者はそれを受け入れ・修正・却下しながら、自分だけの妖怪を完成させていく。
生成AIは自律的な創作者ではなく、あくまで名づけの伝統に沿って提案する補助者として組み込んでいる点が特徴である。出力される絵姿は水墨画・浮世絵・絵巻といった歴史的な様式に制約され、現代の体験を妖怪文化の語彙へと接続する。妖怪EXPO 2026(小豆島)での運用では79セッションから66体の妖怪が生み出された。
(iii) 生成妖怪をデジタルアース上に時空間可視化する
作られた妖怪は、体験された場所と時代の情報とともにデジタルアース上に登録され、地図の上に怪異が積み重なっていく。来場者は「いま/むかし」を切り替えながら、自分の街に潜む見えないものを俯瞰できる。
伝承の場所記述は「川のほとり」「橋のたもと」のように曖昧なことが多いため、オープンソースGIS(MapLibre GL)を用いて、緯度経度の点ではなく場所の手がかりが支える空間的な範囲として怪異を可視化する基盤も整備した。個々の体験が集まることで、妖怪文化の地理的・時間的な広がりが見えてくる仕組みである。

自分の担当 — 没入型映像の設計と展示PM
4人チームのうち、私は主に2つの役割を担った。
- 没入型映像体験(i)の設計・実装:コンセプト立案から素材選定、After Effects / TouchDesigner による映像制作までを一貫して担当。あわせて、HMD を用いた没入体験の土台となるアプリケーションと、DMX–Art-Net による照明制御も自身で開発し、一次資料の質感を保ちながら来場者を伝承の世界へ引き込む演出を組み立てた。
- 展示時のPM(プロジェクトマネジメント):複数会場での出展にあたり、機材構成・当日運営・チーム内の役割分担を取りまとめた。VRヘッドセット・大型スクリーン・タブレット・PCを組み合わせた展示を、来場者が迷わず3体験を巡れる導線として設計・運営した。


展示と学術発表
本作は Tsukuba connect #79、TOKYO NODE XRハッカソン、XR meet up aichi、XR Kaigi 2025(Iwaken Lab. ブース)など計6会場で展示・発表し、妖怪EXPO 2026(小豆島)では実際の来場者に向けて運用した。

学術面では、没入型技術と生成AIを組み合わせた妖怪のデジタルプラットフォームとしてデジタルアーカイブ学会 第10回研究大会でポスター発表したほか、曖昧な伝承の場所記述を扱うオープンソースGISの取り組みも進めるなど、エンタテインメントと研究の両面で展開している。
チームによる制作の全体像や各体験の詳細は、公式プロジェクトサイトで公開している。

ばけばけXR — プロジェクトサイト
妖怪文化を「見る・作る・記録する」XRプラットフォーム『ばけばけXR』の公式サイト。制作の詳細やチームの取り組みを紹介。
icchyhiroki.github.io ↗
制作体制
グループ制作(4人)/ 干川は没入型映像体験の設計・展示時のPMを担当
導入・展示実績
- — Tsukuba connect #79 (2025/7)
- — TOKYO NODE XRハッカソン (2025/8)
- — XR meet up aichi (2025/11)
- — XR Kaigi 2025 / Iwaken Lab. ブース展示 (2025/12)
- — デジタルアーカイブ学会 第10回研究大会 ポスター発表 (2026/1)
- — 妖怪EXPO 2026 / 小豆島 出展 (2026/2)
書誌情報
- 一倉弘毅, 清水紘輔, 干川未来, 池辺莉々, "没入型技術とAIを活用した妖怪のインタラクティブなデジタルプラットフォーム『ばけばけXR』の取り組み," デジタルアーカイブ学会誌, 9巻, 2025.